通勤時間に、ポータブルDVDを活用しての通勤快速内鑑賞を、ウインドウズタブレットで執筆を行っています。 鑑賞中の直感的な感想をツイッターで 「実況」 → 鑑賞後、作品を俯瞰して 「未完成レビュー」 → そして推敲して 「完成! レビュー」 へと3回の過程を経て完成させていく様をご覧くさい
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完成! 「英国王のスピーチ」 
2012-07-21 Sat 21:43
        英国王のスピーチ




今作のクライマックスシーンは


        十分満足できる達成感


             
  を迎えることができました。




しかし、このクライマックスにおけるボクと製作サイドとの

  
小さな違和感の連続 
 
     それまで構築してきた
映画全体の印象を損ない、

              いつしか
不信感のようなものへと変容




    その気持ちを
補完するように、ネット漂流





そこで知り得た
圧倒的な事実


     
映画世界未完成さと、未熟


              
感じる結果となったのです。
 


今作のクライマックスシーンは


         十分満足できる達成感


                
を迎えたとゆうのに......。







今作は大英帝国万国博覧会の閉会式スピーチから始まっていきました。
この場面において


   今作主人公ヨーク公克服すべき


                       提示されたのです。


マイクで拡声された彼のどもり声やスットンキョな声が巨大な会場に響きわたっていったのです。

それは、

      悲劇的様相 

            
を呈していました。


彼は彼で、吃音の治療を受けていたようですが、うまくいかず、奥方が治療法をヤッキになって探しています。

そんな折り、奥方が訪ね当てたのが、今作のもう一人の主人公、ローグ であったのです。

ローグはあくまでもマイペースで、患者との対等な関係を求める老齢な医者でした。
ヨーク公とローグの初対面は芳しいものではありませんでしたが、父親であるジョージ5世からのプレッシャーと、否定しがたい成果を突きつけられて、ヨーク公は再びローグの元を訪ねるのです。
そして、「ロッキー」のトレーニングシーンのような高揚感に包まれながら、二人の治療シーンが展開していったのです。
そこにはCMで有名となった、お互いに向き合って、顎を脱力させて顔を左右に振ってだらしなくうめき合うカットもあり、新しいことに挑戦していく



     「パフォーマンス系映画」

                   のように展開してきました。


しばしの高揚感の後、今作は一つの節目を迎えるのです。それが父親のジョージ5世の崩御。

父王が崩御したことをキッカケに、ヨーク公とローグの親密さが深まっていきました。ここで初めて、ヨーク公がプライベートな話しを始めるのです。


   左利きを矯正させられたこと、 
   X脚の矯正ギブスをはめられていたこと、
   末弟がテンカンで、若くして亡くなっていったこと
   乳母から虐待を受けたこと など、


精神的抑圧と考えられる要因をローグに引き出されるがままに話し出すのです。
そして、精神が一気に解放されたかのように、
相手を罵る汚い言葉を矢次早に言い放ち、
卑猥な陰語さえも、淀みなく連呼していったのです。

ヨーク公の心の奥底に隠されていた部分を引き出したローグは彼を散歩に誘います。ボクはその描写に強い興味を持ったのです。

会話の内容は、新国王となった兄の、問題ある交際相手に及び、ローグはヨーク公に
 

   王位みがてる
                    と発言。


   それに猛反発するヨーク公
                    というものでした。


このシークエンスの表現は、まるで異次元を彷徨しているような画面となっていました。
全体的にハイキーな画面になっており、背景がトビ気味の露出設定。その特別な空間の中でローグが発言した


     「王位継承」

      予言のような神秘性 を放っていたのです。


後世のボク達にとっては、それが事実で、歴史となっていることですが、その時代に生きるローグが発言することで、しかも、特別な視覚表現がなされた空間で発っせられたことによって、


   一種シャーマニズム

              に近い感情を彼に感じたのです。



ヨーク公の


     デリケート
     れてはならない領域



土足で入り込んだローグを、ヨーク公は遠ざけるのです。しかし、歴史はローグが予見した通りに動いて行くのです。


兄が王位よりも、問題ある交際相手を選んで退位。
ヨーク公が即位することになったのです。


予言の的中もあってか、ヨーク公は再びローグの元を訪ねて行きます。
国王となれば、スピーチの頻度は激増し、吃音を直すことが急務となってきたからなのです。
映画はいよいよ、今作のクライマックスシーンとなるべき 戴冠式へと突入していくのです。



しかし、戴冠式の直前、問題が噴出。
    ローグが医師の免許を持たない、
    民間療法者であることが

                  露呈したのです。 



ローグのキャラクター付けで、アマチュアの役者を志向していたことを思い出しました。

彼は

    「役者目指医者ではなく、

    「医者役割じている役者」


             の側面に近い人物であることがわかったのです。



医師の資格を持っていないが為に、英王室から解任されそうになったローグは
 
 
    「大芝居」 に打ってでるのです。


ヨーク公が目をそらしている隙に、戴冠式に使われる玉座にゆったりと座るのです。その不遜な行為に烈火のごとく怒るヨーク公。


それこそがローグが引き出したいものだったのです。


  りにちたヨーク公の言葉は

       みなくっせられた のです。



   これは以前、りや卑猥


       普段隠されたを吐く時に
       ヨーク公のれない

                  ことを知っていたが故の
 

       「大芝居」 だったのです。



実績をあげるローグをヨーク公は採用せざるを得ませんでした。

いよいよ、ヨーク公がジョージ6世となる今作のクライマックス、戴冠式へ進むようです。どのような成果となってスピーチがなされるのか注目です。
と思ったら、
驚くことに、肝心の戴冠式のシーンは




     省 略


              されてしまったのです。



数日後に戴冠式のニュース映画を家族で鑑賞している姿にスルーされていったのです。ローグの「大芝居」を準備し、ジョージ6世の
 

   国王としての初めてのスピーチを




    省 略


              だなんて、

              信じられない思いになりました。



しかし、省略という演出を目の当たりにして、今作における
 

   クライマックス 


          他にある。


              ということだけは理解できました。


そんなことを思い、成り行きを見守っていると
今作は戴冠式のニュース映像の続きに、ヒットラーの演説シーンを提示してきたのです。
ここでボクは大きな映画的興奮を得ることができたのです。


今作の主人公、

   ジョージ6世スピーチ映像

                 一切写さないで


   ヒットラー情熱的演説

                 提示 してきた



   そんな監督の狙いにいに反応してしまったのです。



戴冠式という大きな

         がりを放棄して、
         ヒットラーの演説を

                  わりに提示してきたことに、



今作が目指す本当のクライマックスは、


    ジョージ6世ヒットラー関係性

             においてすることを理解したのです。



そんなことを思っていたら、ドイツとのシリアスな局面はすぐにやってきました。戦争に突入していったのです。


この難局において、

       
全国民団結える

       新国王ジョージ6世
言葉


                  が求められてきたのです



準備が進む中、ジョージ6世はローグを呼び寄せてスピーチの練習に取り掛かかります。しかし、プレッシャーでうまく話すことができないまま時間は迫り、いよいよ放送の時を迎えます。
政府の要人や放送技師が宮殿に詰め掛けている中、音声収録室にはジョージ6世とローグだけが入って行きます。その後のスピーチはまさに、二人三脚での協同作業となりました。

ローグはマイクをはさんでジョージ6世の真ん前に陣取り、まるで、オーケストラを指揮するかのようにスピーチの局面によって、抑揚の付け方や間の取り方を演出している。




      これが今作のクライマックスと思ったのです。





当初はぎこちなかったスピーチもローグの指揮の介あって、スムースに動き始めました。宮殿内にいる家族や関係者は成り行きを見守っています。すると画面は



   宮殿内にとどまらず、

            世界を捉え始めたのです。



裏ぶれたパブで、ジョージ6世のスピーチに神妙な面持ちで耳を傾ける人々の映像が提示された瞬間に、



  宮殿内のスピーチという作業が、

     これからみをいられることになる
     国民到達めた

                ことを悟ったのです。



そのまま、


     国王国民


そして 
2つのコミュニケーションを繋いでいく ローグによって

            このクライマックスんでいく。



                 と確信が持てたところ、


今作はキッパリと

         その期待裏切っていったのです。



裏ぶれたパブの次はどのような英国国民が登場するのか期待していたところ、画面に写し出されたのは再び放送室内でスピーチを創出しているローグとジョージ6世とでした。


このカットは理解できる。


送り手→受け手→そして送り手と展開してきたわけだから、スピーチを通じて


    国難かっていく覚悟
    交互醸造される過程


              見せてくれるものと思ったのです。



しかし、放送室内の後はそれとは違っていたのです。

送り手→受け手→送り手の次は、当然、受け手である英国民が提示されるのに違いない。と思っていたところ、画面に写し出されたのはスタッフである放送技師だったのです。


外に向かって行ったはずの

    方向性見失ってしまい、


             腹立たしさを覚えました。




しかも、もっと、残念なことが起こりました。


放送技師の次に提示されたのが


  放送ローグ家族 となっていたのです。

  しかも、スピーチがうまくいって表情 


                     捉えていたのです。





      「違う。」 と思ったのです。






なぜなら、映画は


「英国王スピーチがうまくらずにせるか

                       の段階を越えて、


「英国王スピーチ」がどのように国民くのか

                          の段階に




      既に突入していたからなのです。




裏ぶれたパブでスピーチに聞き入る国民の後に、ローグの指揮によってスムーズにスピーチがこなせたをジョージ6世を捉えた後は、

      である国民

          からえばいいのです。




      ただそれだけ。だと思うのです。




スピーチ
という「目的」のために

     英国王とローグが奮闘する段階

                       を越えて、


スピーチ
という「手段」によって、

     国王と国民が国難に立ち向かう覚悟に至る段階


              にしていたのです。



それなのに、放送技師を捉え、スピーチがうまくいって喜んでいるローグ一家の様を今さら見せられても、違和感しか持てなかったのです。




      映画局面

          
方向んでいたのです。





その後の進行は願い通り、国王と国民の真剣な向き合いを描いていました。


  工場で、
  ホテルの従業員控え室で、
  重厚な会議室で、


各々の想いを胸に英国王の言葉に聞き入っている英国国民を捉えていきました。


そして、その後に素晴らしく息を飲むカットに遭遇することがてきたのです。

カメラは少しでもバッキンガム内の様子を伺いたいと宮殿の門にしがみつきながら、国王の言葉に聞き入る一人の男性を捉えたのです。

ローアングルで捉えたそのカットは、まず、きらびやかで荘厳な宮殿の正門門扉を捉え、パーンによってその青年を画面に捉えたのですが、よく見るとその青年は門扉の上に乗っていることがわかるのです。

これによって、この地に駆けつたのは彼一人だけではなく、彼の足元には多くの人々がいる気配を感じたのです。

各々の場所で困難を覚悟しただけではなく、発信元のバッキンガム宮殿まで多くの国民がやって来たことを印象深く示したのです。


    感動しました。


         いや、感動直前までいきました。



何故なら、感動の領域にいく直前にこのカットがプツッと切れてしまったのです。

ボクはこのカットに対して次のような希望を持ってしまったのです。


  【このカットは一人を捉え、

   次に足元にいる多くの人を捉え、

   そしてクレーンアップすると夥しい数の国民が

   バッキンガム宮殿に押し寄せている様が、

   1カットで示される。】

                      と、



そんな妄想をして、感動の準備をしていたところ、
無情にも途中で切れてしまったのです。


    「勿体ない。 そう思ったのです。


この残念な想いは、ほんの少し前に味わったものと同じものでした。

そう。
   スピーチを介した国王と国民の
          

       対 峙 
           

               を目の当たりにすることができる   
               と期待させておきながら、


極私的なローグ家族の安堵という、些細なもので緊張感を損なってしまった


       「勿体なさ

               思い出してしまったのです。


そして、ボクの意識はノンストップで、「勿体ない」 と一番最初に感じた場面に直行していったのです。

その場面は、 その通り
 


         戴冠式



               だったのです。



スピーチの成功。という見せ場を記録映画で




      省 略 する



              という大胆な演出に、ボクは
              どうしても捕らわれているのです。


見せない演出に、当初は驚き、次に期待を寄せていったのですが、今作を鑑賞し終えた今となっては、
残念ながら、この演出効果を全く実感することができなかったのです。
ナチスの存在を印象深く登場させることには成功しましたが、それ以上の成果はなかったと思うのです。
いや、それどころか、見せないことで映画自体の力が損なわれたとさえ思うのです。



   この思いこそが、今回のレビューのメインとなっていきました。




でも、それを説明するには、もう1つ 別の思いについてお話しをする必要があるようです。
その思いの発端は鑑賞後、釈然としない気持ちのまま、今作について知り得た事実でした。
その事実とは、第2次世界大戦の際にジョージ6世はドイツ軍からの空襲を受けている

        ロンドンを見捨てることなく 

      バッキンガム宮殿に留まり、


           国民士気けたこと。


そして、

       英国軍施設を訪問し、兵士に向かって


           直接激励スピーチ

           なっていた事実



                    だったのです。




この、ジョージ6世の行為を知って、ボクはこの作品が

      めて完結できた。と感じたのです。


映画で語られていない事実を知って、初めて完結することができる映画の存在意義とは?

         と、悩んでいるうちに



この映画戦時下におけるジョージ6世英雄的行為  

       をるための壮大序曲だったのではないか



                 とさえ思うようになったのです。




吃音でスピーチが苦手だった王が、ある男の協力で 


    
まずは、戴冠式 という儀礼的役目をこなし、

    そして、第2次世界大戦けての覚悟
                国民醸造させる。

  
        (ここまでは映画で語られていた) 

 

ついには、

      そのスピーチをきっかけとして、王は積極的
      に国民と関わり、自らは標的となるも臆さず、
      バッキンガム宮殿に留まって国民の精神的
      支柱となった。
      また、軍施設に赴き兵士達に激励のスピーチを
      行うことで軍を鼓舞。
      一致団結した英国は苦難の末、ついにドイツ
      に勝利し、平和を取り戻した。


    そんな壮大なストーリーが思い浮かんできたのです。


    平和を取り戻すまでが、今作のストーリーである
              と、どうしても思えてしまうのです。



映画で語られていたことだけから判断すると、

   開戦時のスピーチが

        映画「目的」である

                ように思えてしまいますが、



戦争中のジョージ6世の行いを知る者からすると、

   スピーチは

       「手段」でしかなかった

                ことに気づくのです。



このスピーチをキッカケ (「手段」)としてジョージ6世の


      自己変革され、

      英国求心力となって国難えた事実




そうなのです。英国の求心力となって国難を乗り越えること


      「目的」である。

                と思えてならなかったのです。



そんな拡大された世界観を夢みてしまったからには、先程の論旨である

       省略されてしまった 戴冠式は、

            どうしても見たかった。


                 と思ってしまうのです。



それでは、いよいよ、戴冠式を見せなかった演出に反駁を試みたいと思います。反対意見のその根拠は


平和を取り戻す為に

        「2種類スピーチ壁」

         ジョージ6世克服した。


                  と思えたことによります。


2種類のスピーチ それは


        「儀礼的スピーチ 」

        「心えるスピーチ



冒頭のロンドン万博の「儀礼的スピーチ」の惨敗から今作が開始されたことを思い出して下さい。
その後 ローグの尽力で 戴冠式 という 「儀礼的スピーチ」 を克服し、
次の、国家的危機に際しては、開戦を告げる事務的な側面と、国民を奮い立たせる 「心に訴えるスピーチ」 が混在するメッセージを発し、
戦時中には、戦いの前線にいる兵士達に 「心からのスピーチ」 を行ったことが想像できるのです。


まとめますと、

 

  
.ロンドン万博  儀礼的スピーチ」の失敗
 
  2.戴冠式     「
儀礼的スピーチ」の成功
 
  3.開戦告知    
「事務的、儀礼的な側面」と
            
心に訴えるスピーチ」、両面の成功
 
  4.戦時下     「人の心を揺り動かす語りかけ」で
             英国民を結束させていった。



と、スピーチを巡る局面は変わっていき、このように1から4にかけての 
 

       ジョージ6世変遷

               見守る映画だと感じていったのです。



映画の中では

(敢えて?) 4. 人の心を揺り動かす語りかけ は


    省 略 して


          想像力の世界に委ねているわけですから



せめて、4に至るまでの大切な過程である
 2. 戴冠式 「儀礼的スピーチ」の成功 は


     しっかりと目撃をしておきたかった。


                    と思ったのです。


そして、制作者サイドも

     しっかりと スピーチの成功

                  を打ち出せていなかったことに
                  じた。 からなのか?


映画が既に次の段階に進んで行ったにもかかわらず、スピーチの成功を今さらながらに、訴求してしまったのです。

具体的に言うと、開戦告知スピーチの局面で

       国王国民対峙

                を表現するべきところに、



有り得ないタイミングでローグ家族が

       スピーチ成功 姿

               を提示してしまったのです。


映画は

「英国王のスピーチ」が うまくらずにせるか

                       の段階を越えて、
 

「英国王のスピーチ」が どのように国民くのか

                          の段階に



      突入していたというのに ....。





このような演出混迷とともに、語られることがなかったジョージ6世行動に思いを馳せると、次のような感情が涌き出てきたのです。

戴冠式はジョージ6世のめての成功事例なのですから、まずはスピーチ表層的成功を体験し、
次に映画上のクライマックスである開戦告知において、心情スピーチ領域に到達したことを理解。


このつの成功事例かり
にして、
 


  省略 
されていった


         戦時下における、
         人の心を揺り動かすスピーチを






      想 う 。





そんな映画であって欲しかった。と心の底から感じたのです。








終盤の開戦時スピーチは



        十分満足できる達成感


             
  を迎えることができました。




しかし、このクライマックスにおけるボクと製作サイドとの

  小さな違和感の連続 
 
     それまで構築してきた
映画全体の印象を損ない、

              いつしか
不信感のようなものへと変容




    その気持ちを
補完するように、ネット漂流





そこで知り得た
圧倒的な事実


     
映画世界未完成さと、未熟


              
感じる結果となったのです。
 


今作のクライマックスシーンは


         十分満足できる達成感


                
を迎えたとゆうのに......。










英国王のスピーチ2 




      英国王のスピーチ3
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