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通勤時間に、ポータブルDVDを活用しての通勤快速内鑑賞を、ウインドウズタブレットで執筆を行っています。 鑑賞中の直感的な感想をツイッターで 「実況」 → 鑑賞後、作品を俯瞰して 「未完成レビュー」 → そして推敲して 「完成! レビュー」 へと3回の過程を経て完成させていく様をご覧くさい
完成! 「ディパーテッド」
2008-03-23 Sun 12:26

                     ディパーテッド




      「いやぁ、 してやられました.....。」



これが今作を鑑賞し終えたボクの率直な感想でした。
全ての期待と全ての矛盾。 そんなものを 


       けざまにいた3発銃声
                   
最後いた1発銃声


刹那的に清算してしまったマーティン・スコセッシ監督の豪腕に、完璧にねじ伏せられてしまったのです。
全てはラストのこの 「乾き切ったバイオレンス」 を提示するためのお膳立てに過ぎなかったのか? ラストまで観客の興味を引っ張っておくために、解決するつもりなどなかった ビリーの心の動き や カウンセラー医 という彼女の存在を意味ありげにちらつかせていただけだったのか?


        多分、 そうなのだろう.......。


通常なら、こんな有様に対しては断固として拒否反応を示すところなのですが、今作においては、意外にもボクはこの事態を容認してしまったのです。なぜなら、様々な糸口や疑問を投げ掛けなげかけながらも、


       でも、そんなの関係ねー!  オパピー!! 」 (もう古いか.....)


とばかりに 「3つの銃声と、最後の1つの銃声」 で、凄まじい 手のひら返し を見せたわけで、その並外れたパワーと予想だにしなかった展開を、結局は楽しんでしまったからなのです。

そもそもは今作を鑑賞する際に、 「インファナル・アフェア」 という映画が既に存在していた事実をしっかりと再認識するべきだったのかもしれません。
なぜなら、この豪腕監督は、今作の骨子が既に周知されていることを前提にして、エンタメ映画史に残る壮大な実験を行ったのだと思えたからなのです。

壮大な実験。 それが、


      「物語らない」 という 大いなる野望。




ローリング・ストーンズの名曲 「ギミーシェルター」 に乗った導入部は、アイリッシュ・マフィアのボスである ジャック・ニコルソン の顔を意図的に暗くして、底知れない “凄み” を演出していました。
と、開始 2分までは大いなる期待を持ったのですが、今作は既にこのオープニングからして、少しづつボクのイメージから乖離し始めていったのです。 (結局は 通常のエンタメ映画からも乖離していくことになるのですが.....。)
ジャック・ニコルソン 演じる コステロ はアイリッシュ・マフィアのボスであるはずなのに、“みじかめ料” を じきじきのご集金。そんな姿に、「なんだこいつは “ちょい悪” か」 との思いがもたげてしまい、彼の顔をあえて隠す演出と、“ちょい悪” とのギャップに違和感を持ってしまったのです。
残念ながら今作は、この嫌な予感を最後まで引きづり続け、期待と疑問のハザマに漂いながらも、最後はある程度の納得に漂着するものと思い込んでいた観客をまんまと裏切ることになっていくのです。

序盤、アイリッシュ・マフィアに潜入することになる ディカプリオ 演じる ビリー と、警察に潜入した マット・デイモン 演じる コリン の上司 が登場し、
 

      ボク警戒心いに刺激

                              をしていきました。

なぜなら、昨今の警察モノで横行している


     「黒幕捜査当局にいた!  驚くなかれ幹部だった!!」


という終結方法に、ウンザリしていたからなのです。
老齢なボスと、口汚いサブリーダー。 どちらかが黒幕的な役割を演じやしないかと、身構えてしまったわけなのです。 

しかし、今作のオリジナルである 「インファナル・アフェア」 にはこのネタは使われていないようなので、まずは一安心。予め安っぽいオチが使われていない事がわかったところに、今作のリメイク作であるメリットがあるのかもしれません。


今作を鑑賞していくうちに、マフィアに潜入していく ビリー に興味を持ち始めたのも事実ではありました。ビリー を取り巻く環境は組織犯罪の温床で、自らも犯罪者になりかねない状況にありながらも、その負の連鎖を断ち切るために警察官を志したのです。
しかし、その家族背景を警察当局からは逆手に取られて、犯罪組織への潜入を命じられたのでありました。よりによって、それは彼が忌み嫌い、そして選ぶことがなかったもう一つの選択肢、 “犯罪者” に身をやつすことだったのです。
しかも、正体がバレようものなら、命を奪われるという過酷な状況下にいるわけですから、彼の心の葛藤が表現されて当然だろうと期待をしてしまったのです。

しかし、映画が進行していくうちに、


      「学芸会 みたいだぞ。

                          とボクの理性がアラートを発してきました。


物語上の不整合や制作サイドの無配慮の数々が鼻をつき、懸念を感じてしまったからなのです。

細かなところまで指摘するとキリがないので省略しますが、
アイリッシュ・マフィアと中国側との密輸取引においては、無配慮の末の稚拙さが痛々しいほど露呈されていきました。
監視カメラの死角にターゲットが移動してしまったのなら 「サーモグラフィーでスキャン」 すればいいし、スパイ衛星からのカメラ画像も活用して、逃亡する彼らを補足するだけでいいのに。と


      「24 (トゥエンティー・フォー) 」 という

                                高度なIT化を果たした捜査手法


を知ってしまった視聴者の一人としては、今作の捜査陣営の無策ぶりにほとほと呆れてしまったのです。
オペレーターがヘボなら CTU から クロエ に来てもらえばいいし、戦術チームの カーチス を配備して、ターゲットを一網打尽にすればいいだけじゃん! こんな学芸会みたいなことをしていたら、 ジャック・バウワー にどやされるだけだぞ。と心配しながらも、時間の無駄としか思えないヤリトリにつき合わされてしまったのでした。

しかも、各々の組織に潜入しているスパイ( “ネズミ” と称されている) の捕獲に乗り出すくだりも、真っ先に疑うべきである新入りの コリン と ビリー を治外法権的な扱いとするあたりに、お粗末さが見えてきました。アイリッシュ・マイアに潜入した ビリーの方は やや旗色が悪くなるのですが、警察に至っては、“ネズミ” である コリン 本人を “ネズミ” 探索チームのリーダーに任命してしまうお間抜けさなのです。


      「無配慮!」 「不手際!」  「杜撰!」 


という言葉を、今作の登場人物全員と、この世界を創った制作陣に突きつけたい気持ちに駆られました。この調子のままだとアイリッシュ・マフィアのボス、コステロ は


      ちょいワル」 


の域を超えることはないし、一方の州警察は ジャック・バウワー に顎で使われている “所轄” いや、


      “村駐在さん 


レベルでしかないショボさなのです。しかも、こんな不吉な予感を蹴散らしてくれると望みを繋いだ

       ビリー  コリン による 二人頭脳戦

は不発に終わってしまうし、女医も カウンセラ-医 という彼女の特権的立場を使って コリン と ビリー の、

       ボーダーレス精神対峙

してくれるどころか、女である肉体の機能を果たすのが精一杯で、知的な展開を見せてくれることはありませんでした。

このように今作は、観る者に様々な


      「思惑」  「期待」、そして 「疑問」   を仕掛けときながら、

      けざまにいた3発銃声、最後いた1発銃声


という刹那的なバイオレンスによって、


      感情 “連続性” や、 


ストーリーを理解するための


      理性 “連続性” さえも


一方的に絶っていったのです。暴力的なまでにもたらされた、


      感情理性 “断絶”


はそれまで誠実に鑑賞してきた我々視聴者に、いたたまれなくも報われない気持ちをもたらし、怒りさえも感じるほどでした。

しかし、予定調和的に整った “連続性” と 美しい形の結末 しか夢見ない鑑賞者を逆手にとった今作は、それまでのハリウッド映画に飼いならされてしまったボクの感性を根本から揺るがしていったのです。
それはまさに、1960年代の大島渚監督作品を初めて鑑賞した時の気持ちを呼び覚ましてくれたのです。


     1960年 「日本の夜と霧」  を始めとして、
     1967年 「日本春歌考」 
     1968年 「絞死刑」 
     1969年 「新宿泥棒日記」


などの “主義主張” というファクターで創造された実験的精神に溢れた映画群と同じ衝動を与えてくれたのです。

ハリウッド映画の最有力賞に輝いた2007年アカデミー受賞作品 と 大島渚監督の先鋭的な松竹ヌーベルバーグ・ATG作品 がある意味において同列に思えたことが、個人的にはとても興味深く思えたのです。そして、この全く別のカテゴリーに属する2つの映画群を繋ぐ要素とは何か? と考察を続けたところ、それは


      【 「感情」 排除 】

                      ではないかと思いあたったのです。


映画というものは 「喜」 「怒」 「哀」 「楽」 を構成要素として 「感情」を表現していくものと思い込んでいたところに、前述の大島作品に触れて 「主義主張」 という、従来とは違うベクトルによって映画が推進していたことに驚きを覚えたものです。
で、今作は エンタメ映画の仮面を被り、しかも、ハリウッド最高権威のお墨付きを得ながらも、


       けざまにいた3発銃声
                         最後いた1発銃声


によって、松竹ヌーベルバーグ・ATG作品と同じように


      【 「感情」 排除 】 


                      を実現していたことに、映画的興味を感じたのです。

しかし 【 「感情」 の排除 】 と一言に括っても、大島作品と今作のそれは、全く異質なものであったのです。
何故なら、大島作品が小津安二郎監督や木下恵介監督による、情感や機微を描いた “松竹大船調” に反発する形で "主義主張” による 【 「感情」 の排除 】 を成していったのに対して、
今作は 「思惑」 や 「期待」、そして 「疑問」 を投げかけときながら、それらの責任を一切放棄し、4発の銃声による強制終了で 【 「感情」 の排除 】 に至ったところにあります

言い換えると、大島作品はストーリー全体がコンセプチュアルに 【  「感情」 の排除 】を仕掛けてきたのに対して、
今作は、 「4発の銃声」 という1点のみで、結果的に 【 「感情」 の排除 】に至ったところにあります。 
肝心な相違点は、この成果が大島作品のように1級品の演出によるものなのか? それとも偶発的にもたらされたのか? なのですが、 うーん。


       ...... 偶然でしょうね ........。


ボクが冒頭に書いた 【 「物語」 を語らない野望 】 なんてものは、もともと存在するはずもなく、偶然が重なった末の幻影だったようです。   

でも、この全てを断ち切るように終結させられていった今作の中に、


      東洋哲学的、 「虚無感」  「無常感」 


という、一種の宗教観を感じていったのも事実ではありました。
実を結ぶことなく、無に帰してしまうことを知りながら、その行為を繰り返さずにはいられないやるせない気持ちと、
永遠なるものと信じていたものが無情にも変容してしまう、そんな森羅万象のうつろいやすさを、感じることができたのです。
それはまさに、「何か変だぞ」 と思いつつも、ハリウッド映画の今作には、必ずや 「感情」 の着陸点が用意されているはずと、期待せずにはいられなかったボクの


       「虚無感」 や、


ハリウッド・エンタメ映画に連綿と引き継がれた そんな 「鉄壁の掟」 さえも、今作においては脆くも変容してしまった


       「無常感」

                  とでも言っておきましょうか。


いずれにせよ 「裏切られた!」 ことによって生じた 諦観に似た境地をかいま見れたと思えたのです。
その感慨が意図的にもたらされたものなのか否かは、この期に及んではもうどうでもよいことなのかもしれませんが...。


今作において、様々な 「感情」 の萌芽をことごとく中途半端に潰してきたスコセッシですが、そんな彼が何故かしら、きっちりとカタをつけてきた側面がありました。
それは警察内で “ネズミ” を探索する監査的な役割についた為に孤立しつつある コリン が、同時に 女医 との関係においても、


       性的疎外されていく


シークエンスにみられたのです。 
女医 との性交が成功しないくだりを繰り返し挿入してきたり、ベッド上の会話で 「一生、アイルランドのダメ男だ」 との微妙な空気を表現していたり、上司との会話では逆に、 「延長戦」 という虚栄を張る発言もありました。
コリンの 性 に対するコンプレックスという、およそ今作の本筋とは離れた要素にこだわっていることに興味を持って見ていたところ、アイリッシュ・マフィアのボスである コステロ を射殺したことによって コリン はきっと精神的に開放されたのでしょう、女医の妊娠という成果から 性の回復 がなされていったことに、


       今作 裏テーマ


を発見したような気がしました。
自信満々の コリン ではありますが、コステロ を精神の深層では多大なるストレスと捉え、その健在化が、性生活 という側面にあらわれていたのでしょう。そのストレス源を排除したことによってコリンの内面的開放や復活がなされたことを個人的に興味深く思ったのです。そしてことごとく 感情の萌芽 を摘んできたスコセッシが、よりによってこのシークエンスにこだわり、結実させていった謎にこそ、強く興味をひかれていったのです。


       このいびつなアンバランス 「理由」 とは


もしかすると 「理由」 なんてものは今作には一切、存在しないのかもしれませんが、そんな無に帰するような考察を楽しんでもいたのでした。



最後に、“最後の銃声” について。
昨今のポリスものにみる、 「悪事の黒幕は捜査当局のトップだった!」 という安直ネタを危惧していたところ、全く違う終着点をぶつけて来てくれたことに対しては、個人的にうれしい 裏切り として大歓迎をしました。
脇役的存在で、しかも映画を途中離脱した捜査当局のトップ (今作ではサブリーダー) が、正義のオトシマエ をつける1発の意義を大いに評価したのです。 それはストーリー的な側面ではなく、ボクの中にあった強固なマンネリ意識を打破してくれたことに対しての1種の


       ポジティブ的 「無常感」 


とでも申しますか、そんな感慨を持たせてくれたことが、今作を鑑賞しての一番の収穫となったのです。


この手法が、オリジナリティの涸欠著しいハリウッド映画において、
「黒幕は捜査当局にいた!  驚くなかれ幹部だった!!」  と同じように、模倣的に繰り返えされ、そして、使い捨てられることがないことを切実に祈りながら今作のレビューを終えることにします。




                ディパーテッド2

 

                ディパーテッド3



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この記事のコメント
「完成!」によって、今は削除してしまった、「分割感想文」第1回目にコメントを頂いておりました。消滅してしまうのが、忍びなく、コピペさせて頂きました。



はじめまして^^

足跡たどってきました。

またきますね。よろしくお願いします^^
2008-03-09 Sun 17:08 | URL | 由紀 #Z/jtljlY



由紀さん コメントありがとうございます。

また、おいでくださいませ。
2008-03-23 Sun 13:19 | URL | マーク・レスター #-
2008-03-23 Sun 13:40 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
スコセッシ
TBありがとう。
リメイク版なんて、絶対、不満が残りますからね。
それをあえて、平気な顔して、引き受けちゃうスコセッシは、やっぱり大胆といえば大胆ですねぇ。
2008-07-16 Wed 01:35 | URL | kimion20002000 #fOhGkyB.[ 内容変更]
kimion20002000さん
コメントありがとうございます。

オリジナルが神話化している映画のリメイクは勇気がいるのでしょうね。
わが国では 「隠し砦」 とか 「椿三十郎」 とかありましたが、彼らも大いに、大胆でしたね。

2008-07-18 Fri 00:35 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
日本
>わが国では 「隠し砦」 とか 「椿三十郎」 とかありましたが、彼らも大いに、大胆でしたね。

この場合は、オソレを知らない、大馬鹿者という意見もありますけどね(笑)
2008-07-18 Fri 03:25 | URL | kimion20002000 #fOhGkyB.[ 内容変更]
コメント&TBありがとうございました
こんばんは。
リメイク版って、両方見比べてみると面白いですね。
ラストがオリジナルと違っていましたが、こちらも面白かったです。
2008-07-19 Sat 22:18 | URL | shake #m26urJq2[ 内容変更]
こんにちは☆
TB、コメントありがとうございました。
あまりにもオリジナルが好きだったので、辛口になりましたが、リメイクは難しいですね。
ほとんど比べながら観てしまいました^^;
2008-07-20 Sun 11:37 | URL | ゆかりん #-[ 内容変更]
こんにちは!
TB&コメントありがとうございます。 読ませていただき楽しかったです。
>今作の骨子が既に周知されていることを前提にして~
わたしもそんな感じを受けました。 わたしも記事を書いてからしばらくしてもう一度観賞したのですが、再度観ると、以前より良い映画だな~って思ってしまいました。 乾いた感じが良いですね。
こちらからもTBさせていただいたのですが、反映しないようです。 後日もう一度させていただきます。
2008-07-20 Sun 15:41 | URL | みのり(楽蜻庵別館) #halAVcVc[ 内容変更]
kimion20002000さん その2
「隠し砦」 も 「椿三十郎」 も、多くの方の思い入れが大きい作品をリバイバルするわけですから、慎重を極めてほしいですよね。リバイバル作品は未見ですが、評判を聞くと 「やっぱり.....」 と残念な気持ちになってしまいます。
どうせなら、自分がスコセッシ級になった、と自賛できるようになった時に制作して欲しかったですね。
あっ!、二人ともそう思って作ったのかな?
2008-07-20 Sun 21:30 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
shake さん
コメントありがとうございます。
実は、白状してしまうと、元ネタを未見なのですよ。
もともとは元ネタの評判が良くて、リバイバルをされたのに、未見の状態でリバイバル作品のレビューを書いたのでした。

ちょっと邪道だけど、まー珍しい例として あり かな? と思っております。
2008-07-20 Sun 22:08 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
ゆかりん さん
コメントありがとうございます。

あ、それから kimion20002000さん、shakeさん、そしてゆかりんさん 相互トラックバックありがとうございます。

ゆかりんさん をはじめ、相互トラックバックをさえて頂いた皆様方の元ネタに対する愛情が、レビューを拝見してひしひしと伝わってまいりました。

ゆかりんさん の 豪腕監督に対する評
 「スコセッシ監督は映像はすごく好きです。
 でも映像は印象に残るんだけど感動しない作品があって、」
の意見に同意してしまいました。 (スコセッシ マニアの皆様ゴメンなさい)

しかしそれが 「タクシードライバー」 だってことは誰にも言わないでおこう......。
2008-07-20 Sun 22:41 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
みのりさん from (楽蜻庵別館)
コメントありがとうございます。

当方へのトラックバックが反映しなかったとのこと。非常に残念です。

元ネタと今作の対比が、わかりやすいレビューでした。
是非とも再度チャレンジしてして頂いて、相互トラックバックとして下さいませ。

おっしゃる通り、乾いた (バイオレンス) に満ち満ちていましたね。 (あまりに強すぎたため、ストーリーを語る方への集中力が損なわれていたように思えてしまいましたが......。)
2008-07-21 Mon 00:37 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
再びこんにちは!
TB出来ないようなので、できるかどうか分かりませんが、ここにTBして見たいと思います。 
2008-07-23 Wed 10:09 | URL | みのり(楽蜻庵別館) #halAVcVc[ 内容変更]
みのりさん from (楽蜻庵別館)
みのりさん 再びのコメントありがとうございます。

上の青くなっている URL の文字をクリックすると みのりさん のページに飛ぶようにして頂きまして、ありがとうございます。

これでこのページのさらなる充実が図れました。感謝です。
2008-07-29 Tue 22:19 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
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