通勤時間に、ポータブルDVDを活用しての通勤快速内鑑賞を、ウインドウズタブレットで執筆を行っています。 鑑賞中の直感的な感想をツイッターで 「実況」 → 鑑賞後、作品を俯瞰して 「未完成レビュー」 → そして推敲して 「完成! レビュー」 へと3回の過程を経て完成させていく様をご覧くさい
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完成!「ミリオンダラー・ベイビー
2006-08-15 Tue 10:39

ポータブルDVDプレイヤーによる 車内鑑賞レビュー        


ミリオンダラー・ベイビー




8月2日(水)  第1回目

地味です.....。

主役が二人の爺さんと、アスリート系の30過ぎの女性なのですから.......。でも、年輪を思わせる、二人の爺さんの阿吽の人間関係は絶妙で、ついつい引き込まれます。また、今日、奇しくも、亀田選手の疑惑?の世界タイトルがありましたが、選手とマネージャーの関係とか、それよりも、女性ボクシングの世界をかいま観れて、知らない世界を目撃できて、楽しいです。

         プチ・ロッキー的

な高揚感も期待通り用意されており、まずまずの出だし、地味ながらも、顧客満足は満たしておりました。
しかしビッグタイトル戦まで昇りつめる描写が、時間的に割愛されている気が、どうしてもしてしまい、ロッキーの様相を呈しているこの物語にきっと、成功モノ以外のオプションが用意をされているものと、穿った観方をし始めてしまいました。このまま、女性版ロッキーの道を淡々と後追いするのか、サプライズがかくれているのか、これから始まるビッグタイトルの行方に注目です。でも、評判に聞く映画なので、きっと、うれしいサプライズがあると信じて明日に託すことにします。

        あっ!きっと何かあるな!  

映画のタイトル画像をアップしようと、ジャケットを見てみると、これがわかりやすいことに、登場人物の表情が冴えない写真をわざわざ選んでいるのですよ。

楽しくないサプライスがありますね、絶対。


8月9日(水)  第2回目 最終回

「甘かった............。」

サプライズどころの話しではなかった。
驚愕の展開がビッグタイトル戦での、たった一発の反則パンチによってもたらされたのでした。
この一撃によって、この映画はそれまでかぶっていたウサギの仮面を脱ぎ捨て、過酷な自分の本性をあらわにしてきた。
その世界観の前には「プチ・ロッキー的な高揚感」なんてものは、そのシビアさをお膳立てする為の小道具でしかなかったのだ。

一撃がもたらしたもの、それは、脊椎損傷による、全身マヒという運命。
身体を極限までに躍動させるボクシングという行為から、一転して、永続的な肉体の棺おけにマギーは押し込まれていくことになる。
そしてその極度な停滞が行き着いた末の、血液循環悪化による片脚の切断。停滞どころではない、肉体の削減という生々しい事態が待っていたのだ。「プチ・ロッキー的な高揚感」を味わってしまった観客にとっては、同じ肉体が経験するこの過酷な運命の前に誰しもが愕然となる。

さらにこの映画は“肉体”の問題から“存在”という根源的な問題へと突き進んでしまう。自らの存在を自らの意思で消滅させる「尊厳死」という権利。宗教的な教えの前に老トレーナーが逡巡している間に、自分の意思を反映してくれる唯一の器官となってしまった“舌”を噛み切っての自殺未遂。
何という「負」への凄まじいまでの疾走感なんだろうか! この尋常ではない暴力的なまでに強靭なマイナス方向の力によって、
私はこの映画における 自分の立ち位置を完全に見失ってしまった。
自分の気持ちを平穏に保ち、折々の局面に対応する平常心と客観性を保つことなんて、到底できなくなっていたのだ。

はかなくも映画が企てた罠に陥り、無残にも映画の餌食となってしまった身としては........、

もう何も語ることができない。


8月9日(水)  第3回目  最終回の次の回

「ミリオンダラー・ベイビー」のレビューを完了しましたが、最終回のレビューにおいて、映画レビュー繋がりの バニーマンさんから、

 「監督のクリント・イースト・ウッドが、
      “この映画は 父と娘の恋愛(ラヴストーリー)だ”
                 とインタビューでコメントしたそうです。」
   
との書き込み情報にインスパイヤーされて、「最終回の次の回」として特別にレビューを続けます。

        なるほど.......。

老トレーナーの命名によるマギーのニックネーム
 “モ・クシュラ” は 
 “愛する者よ、お前は私の血” と訳すのですが、
 “私の血” が意味するところは

         “娘”

なのだろうと、このインタビューから強く思いました。

息子や娘のことを表現する時に
“血を受け継ぐ”とか“血を引いた”などと日本では言いますが、
この表現を強引に転用すると、老トレーナーはマギーに対して“自分の娘”
という思いで接していたことがわかります。

「父と娘の恋愛(ラヴストーリー)」 とのことですが、
究極的に相手を“思いやる気持ち”の物語なのでしょう。
あの二人は血は繋がってはいませんでしたが、
親子のように深く思い合う二人による、“魂の触れ合い”をこの映画は語っていたのです。
いや、そんな生ぬるい言い方ではダメだ、二人の

      “魂が強くぶつかり合う”

映画だったのですね。

愛するが故に、その命を苦渋の選択の末、終わらせてあげる映画。
そして、信頼している人に、無限地獄から、死をもって解放してもらう映画。

そんな深く濃密な人間関係の物語だったのです。

悲劇的な語り口に深く動揺して、その中心にある、“魂の物語” に言及できないでいたのでした。
反省.......。

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この記事のコメント
はじめまして
未消化のこの作品への答えを求め、allcinemanのユーザーレビューを走り読みしてこちらにお邪魔しました。
インパクトのある‘尊厳死’に注視してはいけなかったのですね。おっしゃるように‘愛’‘魂の物語’でした。
その他の作品への感想も私にとって腑に落ちるものが多く、又ゆっくりとお邪魔したいと思います。
2008-04-21 Mon 16:36 | URL | ふじの #uBfUABJ6[ 内容変更]
ふじのさん いらっしゃいませ。
ヤル気のネジを廻して頂けるコメントをありがとうございます。感謝でございます。
遅筆ではありますが更新をしてまいりますので、どうぞ、またおいで下さいませ。
2008-04-29 Tue 21:05 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
父娘
TBありがとう。
この擬似「父娘」は、どちらも現実の家族からは疎外されていましたからね。
とても深いテーマだと思いました。
2008-07-17 Thu 20:25 | URL | kimion20002000 #fOhGkyB.[ 内容変更]
kimion20002000さん
コメントありがとうございます。


血のつながらない、父娘。

しかもあのラスト。

ずっしときますね。
2008-07-18 Fri 00:24 | URL | マーク・レスター #-[ 内容変更]
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2008-07-16 Wed 03:39 サーカスな日々
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